認知的予備力を鍛えるためには、どんなことをすればいいでしょうか?
慣れていることよりも、新しいことに集中して取り組むことが効果的です
趣味なら、新しいことにチャレンジを
では、どんなことが予備力アップにつながるのでしょうか。ここで、高齢者を5つのグループに分けて調査したデータをご紹介します。
それぞれのことに3か月取り組み、記憶検査を行ったところ、カメラとパソコンを学習したグループがもっとも点数が高くなっていました。点数が低いのは音楽やDVDの鑑賞をしていたグループです。これは「負荷」の違いであると考えられます。
筋トレと同じで、負荷が高いことに取り組んだ方が、脳は鍛えられます。撮影技術やパソコンによる編集技術を学ぶことは努力が必要ですが、音楽を聴いたり、DVDを見ることは受動的で、ラクなことです。基本的に脳はラクをしたいものなので、慣れていることをしているときはリラックスできます。それはそれで大切な時間ですが、脳を鍛えるという意味では予備力アップにはつながりにくいのです。
例えば、料理なら新しいジャンルにチャレンジする、音楽鑑賞なら聞いたことがないものを選んでみるといったように負荷を高めていけば、脳に刺激を与えることができると考えられます。
ひとつのことに集中した取り組みも大切
注目したいのは、カメラ、パソコン、キルトとさまざまなことに同時に取り組んだグループが、それほど高得点にはならなかった点です。これは、ひとつのことに「集中」して学習するほうが効果的であることを示唆していると考えられます。
ひとつのことに集中すると、使われる脳の機能が豊富になります。カメラの操作にしても「あのことも覚えないと」「ここに注意しなければ」と、同時にさまざまなことを意識して取り組む必要があります。このような高度な複合機能は、真剣に学ぶからこそ鍛えられるものなのです。
これはあくまでも平均的なデータなので、あれもこれも集中してできるという人は、そのほうがいいかもしれません。いろいろな可能性はありますが、ひとつ言えるのは、「新しいことに集中して取り組んだことは効果がある」ということです。
趣味以外にも、日常的にできることはありますか?
いつもの仕事や生活の中でも、日々の工夫で認知予備力アップにつながります
毎日の知的活動にプラスアルファ
テレビ、新聞、読書といった日常的なことも、続けていけば認知機能に差がつきます。こういった活動を毎日のように行っている人、月に数回行う人、さらに年に数回という人を比較したところ、認知症の発症率が大きく違うというデータもあります。
仕事をしている人であれば、いつもは15分かかる作業を14分でやってみるなど、毎日ちょっとしたことでもいいので自分なりにチャレンジしていくことが大切です。もっと効率よくするためにはどこを工夫したらいいのか、それが高度に頭を使うことにつながります。
また、今までの研究でよく挙げられるのは、手紙を書く行為です。手紙は季節の挨拶、相手への気遣い、伝えたい内容をまとめるなど、高度に頭を使います。メールはやり取りが早く、会話に近いものなので、似ているようで異なります。ときには予備力アップのために手紙を書くということもよいでしょう。
予備力アップで10年後に備える
予備力は年齢を重ねてからでも上げることはできますが、できるだけ早く取り組んでおくことで、認知機能の低下に対してよりしっかりと備えることができます。いったん予備力を上げておけば、低下を先送りにすることが可能だからです。
今の認知機能をどこまで上げておけるかで、10年後に生活にも影響があるかもしれません。例えば私たちの生活は家電に支えられていますが、10年後、使い慣れているものに寿命がきたとき、買い替えて新しいものに対応しなければいけません。そこでも認知機能が関係してきます。知的な機能が残っているかどうかで、生活のしやすさに差がつくのです。
毎日決まり切ったことを繰り返す生活をしている人は、若くても脳の経路が限られてしまい、認知機能の低下を早めてしまうかもしれません。今は大丈夫だと思っていても、大切なことは10年後のトラブルに備えられるかどうか。そのために認知予備力を上げておこうというのが、知的活動による認知症予防のアプローチなのです。
鈴木宏幸
東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加と地域保健研究チーム 研究員。中央大学大学院文学研究科心理学専攻修了 博士(心理学)。平成20年より東京都老人総合研究所の非常勤研究員として、高齢期における社会参加活動と認知機能の関連に関する研究に従事。同時に、当時の東京都老人医療センターもの忘れ外来にて、受診患者の認知機能評価に携わる。平成24年4月より現職。社会参加活動と心身の健康に関する研究や、認知機能評価検査の開発・認知機能低下抑制を目的とした社会参加活動に関する実践的研究に従事。
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